モータドライブ装置の役割は、大きく2つある。「1つは”省エネルギー化“です。モータは、電源につなぐと一定の回転数で回り続けますが、例えばゆっくり回したい時、モータドライブ装置がないと、ブレーキをかける時のように抵抗を与えるなど、物理的に速度を下げる方法をとらざるを得ません。それでも消費電力は同じですから、無駄が発生しますし、モータに不要な負荷をかけてしまいます。例えば身近な扇風機で考えてみましょう。『強風』で回っているモータに抵抗をかけて『弱風』にしていたら電気代がもったいないですよね。モータドライブ装置は、電気の電圧や周波数を変えることでモータを制御するので無駄がありません。もう1つの役割は、”なめらかにすること”。モータドライブ装置によって、電圧や周波数を変えれば、微妙な調整が可能なため、回転数を少しずつ弱める、ピタッと止める、などの自在な制御が可能になります。例えば、エレベータをなめらかに、かつ停止階にピッタリ停止させたり、クレーンが吊り上げる荷物の重さにかかわらず、一定の速度で昇降したりできることも、モータドライブ装置の制御によるものです」と吉村。
産業用のモータドライブ装置は、オイルショック後にエネルギーの価値について見直されはじめてから急速に導入が進み、今や付いていて当たり前の装置。競合メーカーも多く、性能追求と低価格化が進んでいる。「お客さまからの要求は、もっと小さく、省エネルギーに、そして安く、さらに絶対に壊れない。モータドライブ装置に携わって10年になりますが、ハードルはどんどん高くなっています。一つ課題をクリアすると、すぐに次の課題が現れて、ほっとする暇はありません。
ただ、どんなに難しいと思えても、技術者として『できない』とは言えません。大きなプレッシャーを感じながらも、TMEICらしい製品をつくるために模索しています。追い詰められた状況だからこそ、他社製品にはない『回生エネルギー機能』も生み出せたのだと思います」と山口は言う。この機能は、2014年2月に発売された「TMdrive-MVe2」に装備された。「モータが減速する時に発生するエネルギーを、電源側に戻すことで、電気代を低減できる機能です。これまでTMEICの高圧モータドライブ装置が使われていなかった産業クレーン分野等のニーズに合致し、新規採用されました。新しい付加価値によって販路を拡大できたことは、大きな意味があります」と吉村。
ただ、回生エネルギー機能を搭載するには2倍の量のパワー半導体が必要だった。「これまでと同じ半導体を使用すると、コストも2倍かかってしまいます。そこで、これまでよりも安価な半導体を使用し、大きさ・性能・価格の目標をクリアしなければなりませんでした」と岡本。そのためには、半導体のクセを知ることが重要だった。「クセというのは、例えば電流が切れるスピードや、半導体が発するエネルギーなどです。同じレベルの半導体であっても、ごくわずかですが違いがあります。私たちが決めた構造設計において、どのメーカーの、どのタイプの半導体を、どのように使うとモータへのパワーを最大限に活かせるのか。それを特定するために様々な試験を行い、膨大な量のデータを取り続けました。半導体メーカーの技術者も、データ量の多さに驚いていました」と山口。
「おそらく数千パターンの試験を行ったと思います。完成形が予想できない、難解なパズルのようでした」と岡本は振り返る。すべての目標をクリアするために、ギリギリまで試行錯誤した。「やってもやっても結果が出ないときは、正直きついです。でも、山口が『電気の気持ちになれ』と言うんですよね。半導体は悪くない。半導体のことを理解できない俺たちが悪いんだと。たしかに、ふとしたときに『いけるんじゃないか』という予想外の動きをすることがあって、やっぱり半導体は面白いなと思いますし、嬉しい瞬間ですね」。「私は、試験用に新しい半導体が届くと、『今度の子は、どんな性格なのかな』『どんな波形を見せてくれるかな』とワクワクしますよ」と山口は笑う。技術者としての好奇心と、ものづくりへの強い想いが、厳しい目標に挑む原動力になっている。
TMEICの府中工場で生み出されるモータドライブ装置は、世界中で販売されている。増え続ける需要に応えるために、中国、インド、北米に現地工場が建設された。吉村は、「現在、日本国内で製造しているのが5割、海外で製造しているのが5割です。また、中国やインドは価格重視ですが、北米は性能を重視するなど、国・地域でニーズが異なります。以前は、日本国内で採用された部品を使って、組み立て方もそのまま現地でトレースしていましたが、現在は各海外拠点が中心となって、一部の部品を現地調達に切り替えるなど、製造方法をカスタマイズしています。日本市場と比較し、人口が多くインフラ整備が急速に進む国・地域はチャンスにあふれていますので、これからはさらに柔軟な対応を重視した開発も必要になってきます」と見ている。実は、吉村は2012年まで、山口と一緒にモータドライブ装置を開発する立場だった。「これだけ性能向上を達成しているんだからもっと売ってくれ、と言っていたら、自分が売る側に異動してしまいました」と笑う。また山口、岡本は共に言う。「会社としては当然売りたい。大手競合がひしめく海外市場を切り拓いてシェアを獲っていかなければならない。そのために私達開発者が出来ることは、地道かもしれないけれど、これからも半導体と向き合い、もっと半導体のことを理解することで、今の限界を超えていく努力を続けていくしかないと思っています」。立場は違えど、開発と販売が一丸となって、1000V以上のクラスで世界シェア15%を目指す。