「これまで、各社がそれぞれの研究活動の中で新製品を開発・発表していたわけですが、法改正によって決められた期限に向けて一斉に開発をスタートすることになりました」と西山は言う。トップランナー制度が施行される2015年4月までに75~375kWの全クラスのモータにおいて、新省エネ基準をクリアしなければならない。「基準をクリアするのは最低限。機能的、価格的にも他社に勝るよう開発しなければなりませんでした。しかも、一斉スタートですから他社動向は蓋を開けるまでわからないわけです」と西山は当時のプレッシャーを語る。本当に実現できるだろうか、他社に勝てるのか。開発に取り組む中形回転機部は緊張感に包まれていた。
電気設計を担当した若杉に託された課題は、高効率かつ既設互換性の実現だった。「鉄や銅の使用量を増やして大きくすれば、コイルや鉄心(上図参照)で発生する熱による損失を低減できることは分かっていました。また、冷却用ファンの風による抵抗から発生する損失も低減できます。ただ、大きくすればするほど材料費は高くなりますし、そもそも大きくなると据付ける台座サイズを変更しなくてはならなくなり、お客様に負担をかけてしまいます。そこで、その他の分類困難な損失要因(漂遊負荷損)を、研究所の電磁界解析で徹底的に調べました。ここかなと思う損失要因を絞込み、低減方法を決め、ようやく詳細設計に進みました」と若杉。ところが、試験を行うと目標数値に届かない。開発期限までに間に合うか、焦る気持ちを抑えながら微調整を繰り返し、出荷品の対応で忙しい試験担当者の元へ通い詰めた。
どうにか目標期限までに全ラインナップで基準をクリアできた。それでも西山は、「他社の動向が分からなかったので、安心できませんでした。他社がもっと高スペックで低価格のものを出せば、当社の製品は売れませんからね」。2015年5月、千葉県・幕張で開催された「テクノフロンティア2015」に出展。各社の製品が初めて発表された。全ての機種で基準をクリアすることに苦戦している会社すらあった。「ふたを開ければ、効率も重量も性能も、トップレベルでした。競合各社からも、『こんなに小さくて、どうやって高効率化したのか』と聞かれたほどです」と西山は振り返る。
2015年3月、「業界最高水準の効率」「最少・最軽量」「既設互換性」を実現し、市場親和性の高い商品を開発したことが評価され、社内表彰ではあるが社長賞を受賞。優れた環境性能を持つ製品に与えられる東芝の「エクセレントECP」の認定も受けた。さらに、社内の技術成果発表会にて「高効率化」と「軽量化」という相反する課題を解決した経緯を紹介し、優秀賞に選ばれた。若杉は、「特に試験担当の皆さんには、無理を言ってばかりでしたので、きちんとありがとうを言えて本当によかったです。技術成果発表会でも皆の頑張りをきちんと伝えられたことが嬉しかった」と語る。
「子どもの頃からずっと車が好きで、大学は名古屋の学校に通いました。結局思うところあって、地元に戻りモータの開発に携わることになったんです」。それ以来20年間、モータひと筋の西山は言う。「2003年に東芝と三菱電機が合弁しTMEICになって、モータの開発・製造・販売力がパワーアップしたのは間違いありません。これからは、中国・東南アジアを中心とした海外市場でも高効率製品のシェアを高めていくことが目標です。トップランナーモータは、当社が掲げる新スローガンである「3E(トリプルE)」を象徴する製品です。エネルギー(Energy)を効率(Efficiency)良く制御した成果で、少しでも自然環境(Ecology)に優しい製品を作る。これからは地球規模で、本当に環境に良いものを普及させていきたいと思っています」。
TMEIC長崎事業所は、長崎の夜景を一望できる「稲佐山」の麓にある。西山は言う。「私は長崎で生まれ、高校まで長崎で過ごしました。今、自分を育ててくれたこの地で、世界と競える製品の開発に携われることを誇りに思います。ちなみに長崎の夜景は、香港・モナコと並び世界”新”三大夜景に認定されました。山頂までのロープウェーにも当社のモータが使われているんですよ」。