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産業・エネルギーシステム第二事業部
電気炉システム技術部
浅香 貴俊

産業・エネルギーシステム第二事業部
営業第一部
大亀 将治
産業のCO2排出量。
その約4割が鉄鋼業
国内の産業の中でCO2排出量が特に多い業種の一つが、鉄鋼業だ。産業分野の総排出量の約4割を占める※1。2050年のカーボンニュートラル実現には、鉄鋼業のCO2排出量の大幅削減が、差し迫った課題となっている。
鉄をつくるには「高炉」と「電気炉」の二つの方法がある。
高炉では、原料の鉄鉱石をコークス(炭素)で還元して鉄をつくる。この還元の過程でCO2が必然的に発生するため、高炉を使って製鋼するメーカーは大量のCO2排出を避けられない。コークスの代わりに、水素で還元して鉄をつくる新技術もあるが、難易度の高さや採算性の問題から、まだ実証実験の段階にとどまる。
そこで今注目されているのが、電気炉を使った製鋼方法だ。電気の熱で鉄スクラップを溶かし、不純物の除去や成分調整を行って鉄をつくる。高炉と比べてCO2排出量を約1/4に抑えられる※2ことから、近年は高炉から電気炉への転換を進める鉄鋼メーカーも出てきている。一般的に、高炉でつくる鉄の方が品質は高いとされてきたが、技術革新により、電気炉製鋼による鉄製品の品質も向上している。
電気炉の課題の一つが、鉄を溶かす過程で投入される電力(電流・電圧)が常に大きく変動し、電力を供給する系統(送配電網)に悪影響を及ぼすフリッカや高調波※3が発生すること。従来は、これらを抑制する大型の対策装置が不可欠だった。この課題を根本的に解決するべく、TMEICが新たに開発したのが、電気炉用の新電源システム「CleanArc(クリーンアーク)」だ。
- ※1出典:2023年度(令和5年度)温室効果ガス排出量及び吸収量について/環境省 資料
https://www.env.go.jp/content/000324505.pdf - ※2出典:鉄鋼業を取り巻く状況について/経済産業省 資料
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/green_steel/pdf/001_04_00.pdf - ※3フリッカ:電圧が繰り返し変化することで、照明のちらつきなどを引き起こす現象
高調波:交流電圧・交流電流の基本波(50 または 60Hz)に対する整数倍の周波数をもつ波形
いわば“雷”を制御するような技術
電気炉(イメージ)
電気炉では、電極と鉄スクラップの間にアークと呼ばれる放電現象を発生させ、その熱エネルギーで鉄スクラップを溶かす。溶け進む過程で鉄スクラップのかさは大きく変わるため、それに合わせて電極を昇降させるが、電極の先端と鉄スクラップの間の距離は常に一定にはならず、アークの長さは毎回変化する。その結果、投入される電力も激しく変動し、不安定な状態になるのだ。また、現在の電気炉は高炉に比べて小規模なことから、今後、高炉を代替する生産量を得るには今よりも電気炉の大型化が必要となり、投入電力量は従来の2~3倍に増えると見込まれる。系統に悪影響を及ぼすフリッカや高調波も増大することになり、その対処も課題となっていた。
新たに開発されたCleanArcの大きな特色は、電源システムの一部として電力変換装置を組み込むことで、系統側と電気炉側の電力を切り離したことだ。具体的には、系統から引き込んだ交流電力を変換装置でいったん直流にし、その後再び、電気炉側で使用する交流に戻す。これにより、フリッカや高調波が系統に影響を及ぼすことを防ぎ、従来は欠かせなかった大型の対策設備が不要になった。
CleanArcの開発に携わった浅香は、高性能な電力変換装置の強みをこう説明する。「単純に交流から直流に電気を変換するだけではありません。電気炉が必要とする大量の電力を、瞬時かつ高精度に制御することで、安定した電力の投入が可能となり、生産性の向上に加えて省エネルギーにもつながります」
電気炉は、たとえるなら炉の中で人工的に雷を作り出すような技術だ。消費電力は産業界でもトップクラスで、なおかつ、莫大な電力量を不安定な状態で使用する。その電気炉に電力を供給する電源システムは、放出する電力量を瞬間的にかつ精緻にコントロールすることが求められ、極めて専門的で難易度も高い制御技術だ。TMEICは産業の各分野での電力変換に関する経験が豊富で、電気炉のような大電力変換においても専門知識を有するエンジニアが多い。CleanArc は、TMEICが蓄積してきた知見とパワーエレクトロニクス(電力の変換や制御に関わる技術)を組み合わせることで実現した、他の追随を許さない唯一無二のエンジニアリングの成果と言えるのだ。
国が認める切り札
電気炉を稼働させる電力設備
世界に目を向けると、アメリカや欧州では高炉よりも電気炉の比率が高く、特に電気炉の発祥の地である欧州では、系統の安定化を図るための高性能な電源システムの普及も進んでいる。これに対し日本では、鉄鋼生産に占める電気炉の比率は約26%にとどまる※4。背景には、高炉製鋼の原料である鉄鉱石を海外から輸入運搬しやすいという島国ならではの理由もある。
高炉が主流の国内の状況に変化をもたらしたのが、カーボンニュートラル実現への世界的な潮流だ。日本鉄鋼連盟は、2030年度までに鉄鋼生産工程のCO2排出量を、2013年度比で30%削減する目標を設定※5。高炉から電気炉への転換需要が、鉄鋼各社で高まっている。一方で、昨今の電気代の値上がりや、系統への悪影響への対策を求める電力会社の要請もあり、従来から電気炉を使用していた鉄鋼メーカーの中でも、古い設備をより高効率なものに入れ替える動きが出ている。
CleanArcの営業を担う大亀は、開発の背景事情として「電気炉用の大電力変換装置の必要性が増すなかで、2019年頃から海外メーカーが日本市場に進出してきました。国内の電気炉用電気設備で圧倒的なシェアを誇るTMEICとして、ニーズに応えるべく新たな電源システム開発に総力をあげて取り組み、誕生したのがCleanArcです」と語る。
CleanArcは、高い省エネ効果が見込まれる先進技術などに対して資源エネルギー庁が支援を行う、補助金の対象となっている※6。これによりCleanArcを導入する事業者は、一定の省エネ要件を満たすことで国から補助を受けることができる。すでに国内鉄鋼メーカーへの導入が決定しているCleanArcの初号機、2号機ともに、この制度が適用されている。国からもお墨付きを得たTMEICの省エネ技術が、鉄鋼業界のカーボンニュートラル実現を大きく後押ししているのだ。
- ※4出典:生産統計/時系列/一般社団法人日本鉄鋼連盟
https://www.jisf.or.jp/data/jikeiretsu/seisan.html - ※5出典:一般社団法人日本鉄鋼連盟ホームページ
https://www.jisf.or.jp/business/ondanka/kouken/keikaku/ - ※6出典:TMEICプレスリリース
https://www.tmeic.co.jp/news_event/information/2024/20240628.pdf
時代の転換期にかみしめる使命感
TMEICと電気炉の関わりは古く、1970年代までさかのぼる。日本で電気炉が発展してきたこの半世紀、TMEICは前身企業の時代から製鉄業界と二人三脚で歩み、技術を提供してきた。CleanArcの開発にあたっては、TMEICが長年にわたり培ってきた技術力をさらに進化させ継承するために、電気炉システムのエンジニアの体制を従来の2倍の規模へと増強した。
浅香は2003年の入社以来、一貫して電気炉システムのエンジニアリングに携わる。
「入社当時は図面すら満足に読めなかったのが、気づけば20年以上も鉄鋼業界と向き合い続け、今は複数名のチームメンバーをまとめる立場になりました。業務のデジタル化やデータ活用が進み、多種・大量な情報が日々入ってくる中で、情報の取捨選択を適切に行った上で、素早く意思決定することに努めています。電気炉を取り巻く環境が大きく変化する今、受け継がれてきたノウハウを大切にしながら、最先端の技術を融合させて、課題への新たなソリューションを提案していきたいと思います」(浅香)
大亀も入社して13年間、電気炉システムの営業ひとすじに歩んできた。「CleanArcという新たなシステムの拡販にあたり、納入実績がない中でお客さまに信頼いただく必要があり、今までとは違った営業力が求められました。本プロジェクトには途中参画で初めて担当するお客様となりましたが、立ち返ったのは人と人との関係を築くという営業の基本です。プロジェクトのベテラン先輩社員に比べると経験の浅い自分が、少しでもチームの役に立つために、お客さまと接する機会を増やし、製品知識はもちろんのこと、これまでに積み上げられた当社との関係性などを把握するよう努めています。新しいシステムの初号機導入に関わる機会はなかなか持てるものではないので、チーム一丸でプロジェクトをやり遂げ、今後のさらなる展開を目指します」(大亀)
長く電気炉の分野に携わってきた2人にとっても、高炉から電気炉への転換が進む現在の状況は、想像を超えた大きな環境変化だ。鉄鋼業界でも新たな技術を備えた電気炉が一躍脚光を浴びる今、その電力供給を半世紀前から担い続けるTMEICの大きな役割に、2人は使命感を新たにしている。
